群馬県高崎市の心身障害者総合サービスセンター「ハーモニー高崎ケアセンター」の概要と、活動内容を公開中です。

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高崎デイサービスから

ハーモニック13号より

新年のご挨拶

ご挨拶が遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。皆様方にとって、今年が昨年より少しでも良い年になるようにお祈りいたします。また、本年もハーモニー高崎ケアセンターと高崎市心身障害者デイサービスセンターの仕事をご理解いただき、たくさん利用していただければありがたいと思います。私ども職員も皆様のご要望にできるだけお応えするべく努力するつもりでおります。
さて、私は日頃から言葉には興味がある方だと思っていますし、興味をいつも持つように心がけています。しかし、ここ二十年以上、日本人の言葉遣いで気になっている事があります。その一つには日本人の表現が全体的に「あいまい化」していることです。
例えば自分の考えや感想に「かな」を付ける人が多くなっていることです。公の場面で発言している際に「~ではないかな、と思います」とか「~という方針で行こうかなと考えています」という表現を頻繁に聞きます。
ちょっと聞くと、幅広く可能性を考慮したうえで、そのうちの一つの考え方や見方を表すために「~かな」と言っているようですが、実は自分の考えでありながら少し「あいまい化」しておいて、反論されたら「だから、『かな?』って言ったでしょう?」と逃げ道を作っているような気もしますし、また決定事項でありながら「あいまい化」しているような気がしてなりません。特に政治家や官僚がこういう表現をすると、私は気になります。
もう一つ私が気になる表現は、最近の丁寧語や謙譲(けんじょう)語などの敬語の使い方で、その中でも特に「~させていただく」「~していただく」という言い方です。
若いタレントなどがTVで「これは親にいただいた物です」などと謙譲語を使うのをしょっちゅう耳にしますが、親に直接言う場合ならまだしも、第三者にむかって話をするのに「親にいただいた」という謙譲表現を使うのはおかしいと思うのです。
同じように、社員にしてもらった事を第三者に話す場合に、社長が「(社員に)していただきました」と言ったとしたら変だと思いますが、最近では社会全体で普通の表現になりかけているような気がします。また、例えば「○○に行かせていただいた時に・・」などという場合の謙譲表現も気になります。自由な旅で、誰の許可も必要なく、交通機関関係者以外の人の手を煩わせずに行った場合でも「行かせていただいた」という謙譲語を使うと、「丁寧な言葉遣い」をしていると受け取られると考えるのでしょうか。何事に付け「~させていただく」という表現を使うのは、少なくとも私は間違った表現だと思うのですが、特にこういった間違いを指摘する国語学者の評を見聞きしたことはありません。
こういう間違った丁寧表現や謙譲表現がはびこりすぎて、それが常識であるかのように使われるとかえって人間関係に壁ができてしまうような気がします。
デイサービスセンターを利用する方々に対して、職員が(入浴介助の時に)「では、(体を)洗わせていただきます」、「(お食事を)介助させていただきます」、「体温を測らせていただきます」と毎回へりくだって言うのと、「では(体を)洗いましょう」「お食事にしましょうか」「体温を測りますよ」と話しかけるのとでは、どちらが利用者の方々にとって心地よい表現なのか迷ってしまいます。悩ましい問題にさせていただきます。

ハーモニー高崎ケアセンター総合施設長 花岡 卓二


3階の書初め展示風景のご紹介

年の初めは3階の書道教室を受講された方々の展示作品が見ものです。よろしければ、各種書初め作品の前で足を止めてご覧になりませんか。会館窓口担当の素人見ですが、拝見していると暖かさを感じる作品・描写ばかりです。
しっかりとしたデザイン性が感じられるものがあるかと思えば、象形文字を整然と表現した作品にウットリ。
きれいな書写だと感じられる作品は教科書に出てくるような仕上がりとなっています。それぞれの作品の前に立ちジイーッ!と見ているとお隣の国を髣髴させる様にも感じられ、別の空間へ引き込まれる感覚になると思います。
気持ちが癒されてホッコリした作品にも出会えます。どうぞ、ハーモニー高崎ケアセンターの3階フロアへお立ち寄りください。

パン生地などをこねる器械部品に感謝の意をこめて

料理室のパン生地などをこねる器械の部品が折れてしましました。原型は少し折れ曲った形のハンドルバーで(写真を参照してください。)、まるで軌道のポイント切り替えに使えそうな代物です。
平成10年4月からず~っと使用が続き、一区切りを感じていたのか突然?のでき事でしたが、昨年の12月にポキッッ!!となりました。
長い間ハーモニー高崎ケアセンターの料理室を支えてくれた部品。柔らかい粉をこねた日は、その力を如何なく発揮してくれたでしょう。また、硬い粉の日には人知れず(人では、ありませんでしたが)ガンバッテくれた。に違いありません。18年の歳月を働いてくれて心から感謝をしたいと思います。

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